|
2006年3月27日に早来町と追分町が合併して、安平町が誕生しました。旧町地区のプロフィールは以下の通りです。 <旧早来町地区> 苫小牧市、千歳市に隣接した町です。。町名はアイヌ語のサクルベシペ(夏越えていく沢道)の最初の部分サクルに早来(さっくる)の時を当てていやのが、後に”はやきた”と読まれるようになったものです。スピードスケートで有名な橋本聖子さんの出身地です。早来は古くから酪農が盛んで、昭和8年(1933年)にはチーズ専門工場が操業を開始したほどです。現在もカマンベールチーズ、ブルーチーズが生産されています。ふるさと小包の雪だるまで有名で、”雪だるま郵便局”という郵便局があります。 <旧追分町地区> 追分町は空の玄関新千歳空港に近い町です。エゾ鹿や小動物、鳥が見られる”鹿公園”、SL D51 320が走る”鉄道資料館”があります。最近、町に”赤いひまわり”を広めようという動きが出てきたようです。赤いひまわりは、チトニア(Tithonia rotundifolia)が正式な名前で、中南米原産の花びらの表は赤、裏は黄色という花です。畑一面に咲く赤いひまわりは見応えがあるようです。 町名はアイヌ語のアツマト(湿地にアシの茂るところ)に由来します。北海道最大のドーム型土間体育館スタードームがあります。 昭和の大横綱・北の湖の出身地です。角界に数々の記録を残した名横綱を記念した北の湖記念館(写真はここをクリック)があります。そして、昭和18年〜20年にかけて、畑から突然にできた昭和新山(写真はここをクリック)は、標高400mを越える火山で、溶岩ドームなどが学術的に大変貴重であるとして、国の天然記念物に指定されています。昭和新山の成長の記録は、当時郵便局長だった三松正夫氏(銅像の写真はここをクリックが記録し続け(三松ダイアグラム)ました。その歴史は三松正夫記念館に見ることが出来ます。昭和新山誕生を花火で再現する昭和新山火祭り、労働大臣杯・北海道知事杯を目指して、熱戦が繰り広げられる昭和新山国際雪合戦(毎年2月下旬の土・日)も見どころです。 噴火湾でのホタテ養殖発祥の地です。イチゴが採れる街としても知られています。 2006年3月27日に鵡川町と穂別町が合併して、むかわ町が誕生しました。旧町地区のプロフィールは以下の通りです。 <旧むかわ町地区> 町名はアイヌ語のムカッペツ(川尻が絶えず移動するところ)に由来します。鵡川といえば特産品としてししゃもが有名です。また、シシャモ漁のシーズンだけシシャモの刺身やすしが味わえるとか。さてシシャモは漢字で“柳葉魚”と書きます。これはアイヌ民話で“神様が柳の葉を取って川に流すとシシャモになった”という話に由来します。シシャモという名前は、アイヌ語で柳の葉を意味する“シュシュハム”に由来します。 <旧穂別町地区> 町名はアイヌ語のポンペツ(小川)に由来します。恐竜の街として知られます。街には地球体験館などの施設があります。町立博物館には直径1mを越える巨大アンモナイトが展示してあります。 2006年3月27日に虻田町と洞爺村と合併し、洞爺湖町が誕生しました。旧町村地区のプロフィールは以下の通りです。
<旧虻田町地区> 町名はアイヌ語のアプタベツ(カギを作る川)に由来します。全国的に有名な洞爺湖温泉街を抱える街です。温泉街では夏の期間ロングラン花火大会が開催されます。 <旧洞爺村地区> 洞爺湖(周囲はおよそ48km)の北側湖畔の町で、町名はアイヌ語の”トヤ”(湖水の陸岸)に由来します。明治20年、香川県丸亀藩からの移民によって拓かれました。名産にシソジュース、漬物があります。 胆振支庁管内で最大の都市。苫小牧西港、苫小牧東港の2つの大きな港を持つ街です。ロシアの宇宙ステーション・ミールが展示されている街でもあります。展示されているミールは、打ち上げ失敗に備えて作られた予備機です。船内見学も可能です。また、苫小牧は日高路と道央(札幌方向)、室蘭、函館など道南方向への分岐点に当たる街であるとともに、ウトナイ湖バードサンクチュアリがあります。 町名はアイヌ語のシラウオイ(虻の多い処)に由来します。ポロト湖では、春は水芭蕉やエンレイソウが咲き、夏は緑と湖の青がさわやかで、冬はスケートやワカサギ釣りが楽しめます。湖畔にはアイヌコタンを再現したポロトコタンやアイヌ民族博物館があります。 クッタラ湖は支笏洞爺国立公園内にある周囲8kmほどの小さな湖です。透明度は摩周湖の次に高く、チップ(ヒメ マス)釣りで知られています。日本の滝100選にも選ばれたインクラの滝(別名・別々の滝)は、自然の迫力溢れる景観を誇ります。コーヒー色の温泉・白老温泉、湯量豊富な虎杖浜温泉があります。 伊達という街の名前は仙台の伊達家に由来します。明治維新の際に幕府側に付いた仙台藩は領地を半分以下に減らされてしまいました。その中で、亘理伊達家も困窮を極めます。そこで蝦夷地(今の北海道)に移住し、活路を開くべく、蝦夷地有珠郡を自費開拓したのでした。これが伊達の名前の由来です。家族とともに移住すれば、互いに助け合っていかなる困難にも耐えられるだろうとの考えで、戸主の単身移住を認めなかった事は後の移住につながったと言われています。さて、伊達といえば有珠山ですが、しばしば噴火を繰り返してきました。最近では昭和52年(1977年)に噴火しています。有珠山の横にある昭和新山は昭和19年(1944年)から隆起が始まった溶岩ドームで高さが407mあります。 2006年3月1日に大滝村と合併しました。旧大滝地区のプロフィールは以下の通りです。 <旧大滝村地区> 大滝村はキノコの産地として有名です。さらに町内には北湯沢温泉があります。健康機能で有望視されている小果樹・アロニアの一大産地でもあります。 鉄の街として有名なこの街の名前は、アイヌ語のモ・ルエラニ(小さな坂道の下りたところ)に由来します。水平線を眺めると地球の丸さが実感できる地球岬(運が良ければクジラが見えるかも)、眺めがいい測量山、白鳥大橋(全長1380mの吊り橋で室蘭港にかかる)などが美しいベイサイドエリアなどが見所です。 登別といえばなんと言っても登別温泉と地獄谷、大湯沼。その他、カルルス温泉もある温泉の街です。カルルス温泉はチェコ共和国の有名な保養地カルルスバーグ(カルロビバリ)と泉質が似ていることから名付けられたとか。水族館(マリンパーク・ニクス)やマスコット・ニャンまげが人気の登別伊達時代村、クマ牧場などがあります。 |