その7 上ノ国町
      鎌倉時代、津軽の豪族安東氏が幕府の命で蝦夷地(現在の北海道)を支配していましたが、15世紀に小山隆政、蛎崎季繁(かきざきすえしげ)が渡道し、花沢館を拠点として和人支配地を拡大していきました。当時の道南には12以上の館(箱形の建物で、支配拠点)があり、やがて下之国(しものくに、現在の函館市)、上之国(かみのくに、現在の上ノ国町)、松前の三守護職の支配下に集約されていきました。町名はこの史実に由来します。上ノ国には松前半島の最高峰・大千軒岳があります。ハイキングコース、登山コースとして有名ですが、一方で、隠れキリシタン受難の地としても知られています。その他、鮎の友釣りで有名な天の川が流れています。日本初の国産様式軍艦”昇平丸”が、沖合に沈没したことでも知られます。道内最古の民家・旧笹浪家があります。

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    その6 今金町
     今金町は、砂金、メノウ、マンガン・金・銀の資源の発見で開けた町です。町名は開拓の功労者、今村藤次郎と金森石郎の二人の姓から一字ずつ取って名付けられました。鉱物資源が採れなくなった現在でも砂金が取れます。また、今金町は日本初の女医・荻野吟子が入植した場所でもあります。温泉が4つもある湯の町でもあります。
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    その5 乙部町
     渡島半島の西部、桧山支庁管内の中央部にある町です。乙部はアイヌ語の”オトウンペ”(川尻に沼のある川)に由来します。縁結びの木として知られる樹齢500年を誇る”縁桂”があります。
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    その4 せたな町
     2005年9月1日に熊石町、北檜山町、瀬棚町が合併し、せたな町が誕生しました。3町時代の各地区のプロフィールは以下の通りです。
    <旧大成町地区>
     日本海に面した漁業が盛んな町です。奇岩として知られる親子熊岩など美しい海岸線が自慢です。海の幸も豊富で温泉もあります。
    <旧北檜山町地区>
     町名は昭和30年に東瀬棚町と太櫓村が合併して町が出来たときに公募したもので、檜山の北に位置するという意味です。小金山玉川公園は約20万株もの水仙と桜が咲き乱れる場所として知られています。周囲約1.6kmのうぐい沼は大小10前後の浮島が点在した北海道自然100選に選ばれた名所です。
    <旧瀬棚町地区>
     町名はアイヌ語の”セタナイ”(犬の沢)に由来します。海岸線がきれいな街。日本初の公認女医、荻野吟子さんが開業した街としても知られています。海岸には高さ30mほどの岩が3つ林立する・三本杉岩があります。
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    その3 厚沢部町
     厚沢部町は五葉松の自生地としては、日本海側における北限地帯である他、ヒバの北限、トドマツの南限となっています。また北海道指定 史跡「館城跡」は松前藩の城として明治元年(1868)10月25日に工期55日で完成した城の跡です。松前藩主18代松前徳廣が入城後、「榎本軍」の来襲でわずか3週間ほどで全滅した悲劇の城です。

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    その2 奥尻町
     町名はアイヌ語の”イクシリ”(向こう島)に由来します。奥尻島といえばおいしいウニやアワビ、ツブ、イカなどの魚介類が有名です。海岸には鍋釣岩などの奇岩も見られます。稲穂岬には、道南5大霊場の一つ・賽の河原があります。
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    その1 江差町
     江差の5月は江戸にもないといわれたほど、北方交易で栄えた街。旧中村家、横山家の邸宅は、繁栄を極めた当時の様子を今に伝えています。松前藩の交易の中心地。民謡江差追分は全国で最も浴知られる民謡の一つでもあり、歌いこなすのが極めて難しい。江差追分会館まであります。8月9〜11日に開かれる姥神大神宮渡御祭は、幕末に始まった北海道最古のお祭りです。戊辰戦争の祭に座礁・沈没した開陽丸を復元した開陽丸青少年センターがあります。

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