
時計台:札幌のシンボルと言えば時計台と言っても過言ではないでしょう。時計台は旧札幌農学校の演舞場として建てられました。札幌農学校(現 北海道大学)は元々時計台の一帯にあったのです。北海道大学が現在地に移転した後も、鐘の音を響かせながら今日に至っています。

テレビ塔:大通公園のシンボルと言えばテレビ塔です。高さ90mの位置の展望台からは札幌の街が一望できます。
旧北海道庁:赤レンガの通称で親しまれている旧北海道庁の庁舎。敷地内の池ではカモの親子がのんびり泳いでいる姿が見かけられます。

新渡戸稲造胸像:5000円札でおなじみの新渡戸稲造先生は札幌農学校の期生で、後の国際連盟事務次長を務めた方です。台座には我大洋の架け橋とならんとの決意を述べた言葉が刻まれています。
ポプラ並木:北大のシンボルの1つがポプラ並木です。
人工雪誕生の地碑:中谷宇吉郎教授が世界で初めて人工的に雪の結晶を作ることに成功したことを記念し、先生の研究室があった場所に建てられた碑です。碑の形は人工雪を模して正六角形をしています。
中央ローン:北海道大学の学生の憩いの場。画面の川はサクシュコトニ川といって、かつてはサケが上ってきたほどの小川でした。近年の地下水位の低下などのため夏の間だけ地表に水を流していますが、冬は完全に暗渠に潜ってしまいます。ただこの窪地の緑は今も昔も安らぎを与えてくれ、木もれ陽の下で読書をするといつしかうたた寝してしまいます。

ウィリアム・スミス・クラーク博士胸像:北大と言えばクラーク先生。北大の前身札幌農学校に在籍していたのはとても短い間でしたが、後に計り知れない影響を与えました。全身像は羊ヶ丘展望台にあります。

ウィリアム・スミス・クラーク博士全身像:北大と言えばクラーク先生。北大の前身札幌農学校に在籍していたのはとても短い間でしたが、後に計り知れない影響を与えました。この写真の全身像は羊ヶ丘展望台にあります。クラーク博士の左足下の銀色の屋根の建物は、2002年ワールドカップ・サッカーの会場となる札幌ドームです。

札幌ドーム:2002年ワールドカップ・サッカーの会場となる札幌ドームは、サッカーグラウンドがホバークラフトのように浮き上がり、試合の際にはドームの中に、試合のない日はドームの外に移動します。この形式のドームは世界に2つしかありません。
100年記念塔:北海道開拓100年を記念して建てられた塔。高さは100m。
旧青山家漁家住宅:北海道がニシン漁で栄えた頃の代表的な網元の家。小樽にありましたが、
現在は北海道開拓の村の中に移築されています。
旧札幌師範学校武道場:現在の北海道教育大学札幌校の前身・札幌師範学校の武道場として使われていた建物です。

旧札幌農学校恵迪寮:札幌農学校(現北海道大学)は明治9年、現在の時計台付近に開学しました。明治36年に現在地に移転すると同時に寮も移転しました。この建物は現在の寮が建てられるまで使用されていました。恵迪寮の寮歌は、毎年作られ中でも明治45年寮歌”都ぞ弥生”は北大OBなら知らぬ者はいないという名曲で、日本3代寮歌の一つとして全国に知られています。

旧開拓使札幌本庁舎:明治の初めに現在の道庁付近に建てられました。築5年目で火事で焼け落ちましたが、現在北海道開拓の村に復元されました。

馬車鉄道:北海道開拓の村には、札幌市街を運行された馬車鉄道(馬がレールの上の客車を引いて走る)が再現されています。4月〜11月に運行していて、12月から3月まではかわりに馬そりが運行しています。

旧札幌拓殖倉庫:この倉庫は明治40年に札幌軟石を素材として建てられ、農産物の集荷出荷に利用されました。札幌軟石は明治時代多くの建築に使われ、その採石場所は札幌に石山の地名として残っています。

旧納内屯田兵屋:北の防衛と農業開拓にあたった屯田兵の住宅。北海道の屯田兵は、家族とともに厳しい北の自然と向き合いながら生活していました。彼らの力無くしては北海道の今日はなかったでしょう。この住宅は現深川市納内の入植者の生活を再現しています。

旧北海道庁浦河支庁庁舎:明治30年に北海道庁が19支庁を設置した当時の建物です。

旧平造材部飯場:大正後期に道北の下川村に建てられた造材飯場を再現したものです。当時木の伐採や製材、運搬作業をした人々が寝泊まりした小屋です。

旧開拓使工業局庁舎:明治初期の洋風建築で、開拓関係の庁舎として唯一現存するものです。

旧札幌警察署南一条巡査派出所:明治44年、札幌創成橋の脇に最初に建てられた煉瓦造りの交番。中には当時のサーベルを腰につけたお巡りさんがいます。一緒に写真を撮るといい記念になります。

恋の街札幌歌碑:石原裕次郎さんが甘い低音で歌うせつない恋物語です。北海道が舞台となった珠玉の名曲です。クラーク博士の像が建つ羊ヶ丘展望台にあります。

宮ノ森ジャンプ競技場:1972年の札幌オリンピック・ジャンプ競技で、日の丸飛行体がメダルを独占したのがここです。

宮ノ森ジャンプ競技場・ジャンプ台上方より:この高さから飛び出すジャンプ選手の度胸には脱帽です。ちなみにこの写真はジャンプ台上の喫茶休憩室から撮ったものです。

旧小川家酪農畜舎:大正末期に札幌農業学校出身の小川三策氏がアメリカから取り寄せた設計図を参考に建築したものです。

旧札幌停車場:明治41年から昭和27年まで使われた建物です。

北海道大学・古河講堂:古川財閥が北海道大学に寄贈した講堂です。

北海道大学・旧農学部昆虫生態学教室:古川講堂などとともに木造洋風建築の代表的な建物です。

旧土屋家はねだし:

旧札幌農学校モデルバーン:北大の北側には札幌農学校時代のモデルバーンが保存してあります。写真は釜場の建物です。

旧札幌農学校モデルバーン

旧札幌農学校モデルバーン

北海道大学農学部:

大通公園の噴水:

旧札幌農学校モデルバーン
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