|
大慌てで試験対策をして、いよいよ試験日前々日。ゆっくり休んで・・・と早めに眠りについて、ふと目が醒めました。日付は次の日に変わって午前2時過ぎでした。すると、なにやら胸騒ぎが・・・“試験って今日じゃなかったよな・・・”。不安をうち消そうと受験票を見て青ざめました。何と不安が的中!!目覚めたその日が試験日だったのです。実は受験した年は総合監理部門の必須科目の試験日が8月2日、他の技術士の部門および総合監理部門の選択科目が8月3日だったのです。必要なものを全て鞄に入れたことを確認し、目覚まし時計をセットし直してから、再びベッドへ。当然寝付かれず睡眠不足のまま朝になりました。再度鞄の中身を確認して、試験会場へ・・・。技術士は専門科目の選択科目や共通科目が免除されるので午後からの受験となりました。到着するやいなや、これまで読んだ参考書や経験論文の原稿にざっと目を通しました。そして、試験開始時間に。試験問題が配られるまでの時間はものすごく張りつめた空気が漂います。過去に体験しているとはいえ、いやな時間です。私が受験した年から必須科目は択一問題40問になったのですが、記述式と違って知っているかいないかが如実になるだけに怖さがありました。問題用紙を開いて迷わず解ける問題から解いていきました。そして大急ぎで数えてみると、6割に満たないではありませんか(合格には最低6割必要なのです)。焦る気持ちを抑えて、まだ解いていない問題の中で考えればできそうなものにチャレンジ・・・。試行錯誤を繰り返す中、40問をマークして、論文問題へ。試験が始まる前の受験者の間の雰囲気では、経験論文とケーススタディー論文の比率は3:2であろうとの意見が大半でした。ところが、蓋を開けてみるとその逆で、経験論文の方が少ないではありませんか。一瞬とまどいつつも、受験の際に模擬答案を作る過程で想定していたことなので、筆を進めていきました。最後に百字程度の字数合わせをして、何とか切り抜けました。ケーススタディー論文は“顧客のデータが漏れた場合の対応と再発防止策について”を選択し、データ管理(アクセス権の監理、保管方法、バックアップなど)、ウイルス等が侵入について考えられる対策(被害の拡散防止、後処理、平時の予防策)などの概略を書き込みました。最終的に字数を調整し、択一問題と併せて数回見直しをして、4時間に渡った試験を終えました。 |
|
試験を終えた翌日には、ネット上で試験問題と模範回答案が複数出ていました。それを集めて分析し、どのくらい得点できているかを調べました。すると、なんとか合格ラインの6割は超えていそうな感じでした。生物工学部門を受験したときと同様に、筆記終了と同時に口頭試験対策をはじめました。まず、択一問題で間違った問題を全てチェックし、正解は何か、その根拠は何か全て整理しました。次に口頭試験で何を聞かれるのか、参考書やネット上の情報をかき集めて一問一答集を作っていきました。技術士になろうとしたきっかけ、技術士の3大義務、技術士の定義、自分の行ったほかの仕事の要約、自分の経歴などについてもまとめ、さらに業績論文の補足をしました。試験が終わってから筆記試験の合否がわからぬまま口頭試験の対策をしていた約3ヶ月は何とも言えない緊張感がありました。さらに、10月末に婚約、12月下旬挙式、その後すぐに新婚旅行と一連の準備に追われ、慌ただしさと緊張感に拍車がかかっていました。そして、11月の上旬合格発表に自分の受験番号を見つけたときには何とも言えず感激しました。それと同時に、口頭試験という具体的な目標が定まったことと、口頭試験まで1ヶ月程度しか時間がないことで緊張感と同時に闘志が湧いてきました。準備中だった一問一答集の完成とチェックの繰り返しで日々総力戦の状態でした。 |
|
試験対策と結婚準備の両方で疲れがピークに達したころ、いよいよ面接のために上京しました。前回の生物工学部門を受験した時と違い、面接前日に東京で仕事があったので早々に上京していました。私が指定された日は平成15年12月6日です。夜に仕事を終え、すぐさま会場の下見をしました。会場は前回と同じ渋谷の道玄坂の中腹にあるフォーラム・エイトです。一度経験した道のりとはいえ、何ともいえず緊張感に包まれます。帰りに道玄坂を下り、ホテルに向かう途中でラーメンを食べたのですが、少し緊張していたのか味が薄く感じられました。 いよいよ試験当日。試験時間が10時に指定されていたのですが、早めに9時20分には控え室入りしました。室内には30人ほど来ていましたが、前回同様、静寂と張りつめた空気が場を支配していました。用意した一問一答集や1次試験で間違ったところをおさらいしていると、ふと一つの言葉が気になりました。“フィジビリティー・スタディー”。いまから思えばごく普通に使っていた言葉ですが、どう頭をひねってもこの時は意味が全くわからなくなったのです。しかもこの時は出張で荷物が多かったので青本を持っていってなかったのです(当日はお守り代わりの意味を含めて青本を持参することをお薦めします)。知り合いの総監部門の技術士にメールをして意味を訊きました。控え室の外で返信を待っていると刻々と時間が迫ってくる。とてつもない焦りが襲ってきます。そのとき、もうすぐ呼び出しというときにメールの返信が・・・ホッと胸をなで下ろすと同時に、試験スタッフが呼び出しにきました。スタッフの方の後ろを歩く足取りは緊張のためか重く感じました。試験室の扉を開けてみると2人の先生が座っておられます。いよいよです。受験番号と氏名を述べて席に着くと、総監部門を受験した動機を訊かれました。“予測通りだ。”。その後経験論文の細かい点を訊かれました。“まずは順当だな。”と思ったその時です。“研究の評価システムについて、どうお考えですか?”この予想外の質問が来たときには相当どきりとしました。でもすぐに自分の職場の研究評価システムやその目的を説明しながら、自分自身の考えを説明しました。すると、“研究が失敗した際の評価と対応はどうすべきだと思われますか。”との追加質問。この後も研究評価を巡って数問質問され、緊張しつつ何とか答えました。その後技術士法関連で技術士の3大義務など数問を訊かれて面接が終わりました。最後にについての受け答えを終え、面接試験が終了しました。 |
|
技術士2次試験の合格発表は2月の中旬。面接から2ヶ月も間があきます。その間“どうなったんだろう。”と前回同様とても複雑な気持ちになりました。そして2月17日の運命の日がやってきました。玄関を開け、新聞を広げ合格発表を探して、総合技術監理部門に自分の名前を見つけたときは感無量でした。すぐに家内にも知らせてともに喜びました。その日の夜は二人で食べに行った回転寿司の味は、実にうまかったです。翌日に技術士登録事項変更申請を技術士会に出しました。この手続きが済んで晴れて2部門目の登録が完了となるのです。(それまではただの有資格者、登録手続きの問い合わせ先はここをクリック)。 |