札幌は明治以降の街づくりでまだ歴史も浅く、従って歴史的建造物と云って
も、ごく近代のものばかりである。大通り公園に点在する記念碑もその例にも
れない。
35年振りに札幌へ戻ってきてから、最近の大通り公園ですらきちんと見て
いないという反省の下、天気の良い日に記念碑を巡って歩いてみた。記載のモ
ニュメントには、原則として無銘の噴水は含まれていない。
《西1丁目》
創成川からすぐ西、テレビ塔のあるブロックであるが、ここには所謂記念
碑らしきものはない。しかし、一風変わったモニュメントがある。
●豊平川水位表示塔
ここには、豊平川に架かる南大橋と幌平橋のたもとの川の水位表示が電光
掲示板で示されている。札幌市街は豊平川の作った扇状地に発達した街で
あるが、かっては豊平川の決壊で度々洪水に見舞われた歴史を持っている。
今ではめったに起こらないようだが、その記憶を心に留めて防災の意識を
持つ意味でも、これはユニークな仕掛けと思う。
《西2丁目》
●北海道電話交換創始の碑
北海道の形をデザインした御影石が平らに置かれている。明治33年、北
海道初の電話交換が開始され、昭和48年で加入回線100万件に達した
記念として、旧北海道電話交換局の跡地に建立された(昭和48年12月)
広さといい、高さといい、腰を掛けるのにちょうどよいぐあい。
●愛
丸井今井デパートの創業100周年を記念して建立(昭和46年)。
●ベンソンの水飲
ろうそくの燭台のような水飲み口がおもしろい造形。栓をひねると当然水
はちゃんと出てくる。姉妹都市ポートランド市から昭和42年(1966)
に札幌市に寄贈される。モニュメントの横には、ベンソン氏の人となりや
水飲みの由緒を書いたプレートが付属。
●開拓母の像
北海道農協婦人部連絡協議会が、北海道の開拓を支えたの全ての母に感謝
して建立(昭和38年6月)
《西3丁目》
●泉
3人の若い女性が諸手を掲げて群舞している様子を活写。駅前通りに面し
た最も人気のある位置に建つ。
●石川啄木坐像・歌碑
"しんとして幅広き街の秋の夜の 玉蜀黍の焼くるにほひよ"(石川啄木)
啄木70回忌記念(昭和56年9月)
●牧童
牛乳出荷100万石突破記念・北海道酪農関係者一同(昭和31年5月)
●湖風
地下鉄東西線開通・北洋相互銀行本店ビル新築記念(昭和51年6月)
《西4丁目》
●札幌の木ライラック
"家ごとにリラの花咲き札幌の 人は楽しく生きてあるらし"(吉井勇)
昭和30年、吉井勇が旅の記念として「北遊小吟」5首を残す。
北海道銀行寄贈(昭和56年5月)
《西5丁目》
●聖恩碑(聖恩無彊)
昭和11年、陸軍大演習が北海道で行われ、昭和天皇が行幸された記念
として建立(昭和13年11月)。最近は、聖恩碑の池に緋鯉を放流し
ているらしい。四角柱状のオベリスクで、南北面に浮き彫られた獅子の
口から噴水がほとばしる。東面だけはどうも竜王ではないかと思ってい
る。その勢いは、彫刻とは裏腹にちょろちょろと申し訳程度に出ており、
その風情がまたよい。最近設置された他の丁目の噴水はポンプアップと
照明をこれでもかとばかりに使っているが、どうもいただけない。
この辺りは私の小学校時代の遊び場の一つで、実は、北側の池の前にあ
る上げ蓋を潜るとオベリスクの途中まで地下道と鉄梯子で登っていける
ようになっている。昔、悪童連と探検しに行った思い出がある。ついで
に云っておくと、池の四隅にある水飲み場に昔は止水栓などなく、水は
ちょろちょろとだが、常時出っ放しであった。
《西6丁目》
大通り公園でもこのブロックだけは、見事な樹木が茂っている。特に、
6本のけやきの大木は札幌の財産と思っている。夏は、けやきの木陰の
野外音楽堂でミニコンサートを聞くのもまたよい。
●奉仕の道
札幌ロータリークラブが創立50周年記念に建立(昭和57年10月)
池の中の台座の上の動物は、ふくろう、鹿、うさぎ、カラスの4匹。
●開拓記念碑
大通り公園の記念碑の中で最も古い記念碑(明治19年9月建立)。
苔むした札幌軟石風の土台の上には、飛んだたねから生えた草も見受け
られる。台座自体2mもの高さがある。小学校時代はよじ登るのに苦労
した。今の小学生はそんなばかな遊びはしないようだ。
●日時計
これも札幌ロータリークラブの寄贈になる。日時計の針はブロンズ製で
固定されているが、影を落として時間を読む石の文字盤は、造園作業で
ずれが出るようで、時刻表示はあまり正確ではない。
《西7丁目》
●漁民の像
北海道100年記念と北海道漁業婦人連合創立10周年を記念して建立
(昭和44年5月)。像の背後で目立たないが2羽のカモメも飛んでい
る。さけ漁かにしん漁の情景を写したものであろうか。
《西8丁目》
全ブロック内が子供の遊び場になっており、記念碑は見当たらない。
《西9丁目》
●有島武郎文学碑
有島武郎記念会が建立(昭和37年9月)。碑文は武者小路実篤の書。
"小さき者よ 不幸なそして同時に幸福なおまえたちの父と母との祝福
を胸にしめて人の世の旅に登れ 前途は遠いそして暗い しかしおそ
れてはならぬおそれない者の前に道は開ける 行け勇んで小さき者よ"
(有島武郎「小さき者へ」から)
《西10丁目》
●黒田清隆像 ホーレス・ケプロン像
北海道100年記念として建立(昭和42年10月)。明治期の北海道
開拓の二人の恩人が並んで建てられている。黒田清隆は、明治3年開拓
使次官、後長官就任。ホーレス・ケプロンは、明治4年明治政府の招き
により米国農務長官の職を辞して来日、開拓使教師頭取兼顧問として黒
田を助ける。
《西11丁目》
●マイバウム(Maibaum)
ドイツ語で「5月の木」。春を迎える喜びを象徴している。姉妹都市ミ
ュンヘン市から寄贈(昭和51年5月)されるも、そのうちに腐食劣化
した。平成13年11月、札幌市立高等専門学校生が中心となって復元。
ミュンヘン市では、ヴィクトリュアアリエン市場に建つ。
《西12丁目》
●若い女の像
1984年9月、札幌での東洋東南アジアライオンズフォーラムの開催
を記念して、ライオンズクラブ国際協会が建立(昭和59年9月)。
12丁目のバラ園のはずれ、札幌市資料館側に建っている。
《西13丁目》
●札幌市資料館(旧札幌控訴院)
大正15年のレンガ造り軟石積み2階建て建築。長いこと、札幌高等裁
判所として幾多の事件の法廷となった。正面突出玄関(車寄せ)の上部
に目隠しをしたギリシヤ神話の法と正義の女神テミスの首像の彫りこみ
と、その左右には天秤(公平)と剣(正義)、左右後方に鏡(真実)の
浮き彫りがあって、全体で法の精神と公平の原則を表現しているという。
東京の最高裁判所内大ホールには、女神テミスの像があるが、こちらは、
目をつぶって右手に剣、左手に天秤を持っている。イタリア最高裁判所
のテミス像は、左手に法令集を携えているという。
資料館裏庭には、大通りでは珍しいとうひの木々と、大きなオンコの古
木があり一見に値する。
(この文章の中のモニュメントの題名には、写真がリンクされています)

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(2004.06.04. 札幌市資料館(旧札幌控訴院正面)を見る) |
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