日本生物工学会北日本支部ミニシンポジウム開催報告
北日本支部恒例の第3回標記シンポジウムが,平成12年2月7日(月)午後2時より,札幌ガーデンパレス(札幌市)を会場として開かれました。今回のテーマは「地球環境保全と微生物バイオテクノロジー」で、多数の参加者により熱心な討論が展開されました。支部長の冨田房男教授(北大院農)のご挨拶に続き4題の講演が行われましたので、以下にご報告します。
1.「下・廃水の高度処理と水の循環再利用」
清水達雄教授(北大院工)
大都市周辺では水資源が不足しているので、自然系から供給される水ですべての都市用水を賄う水供給システムが不可能になりつつある。そこで水を循環再利用する必要がある。清水教授らは最初沈殿池の代わりに固液分離機能と生物機能を有する嫌気流動層バイオリアクターを曝気槽の前段に設置したコンパクトな下水の高度処理システムを新しく提案した。このシステムを用いると非常に良好な処理水質が得られ。下水の高度処理法として有用である。
北大 清水達雄教授
2.「疎水性クラスター分析によるアルギン酸リアーゼの分類」
木下晋一教授(北大院工)
一次構造が分かっていて、しかしお互いに相同性の低い一群の酵素タンパク質を関連づける方法として、Gaboriaud(1987年)が考案した疎水性クラスターによる解析方法がある。木下教授はこの手法をお互いに相同性の低い16種類のアルギン酸リアーゼに適用して新たな分類を行い、単純に相同性からでは関連づけられなかった本酵素群を分類することに成功した。この方法はタンパク質の系統的分類法として有用である。
北大 木下晋一教授
3.「分子酵素学的アプローチによる有機廃棄物のバイオリサイクル支援」
中山亨助教授(東北大院工)
生ゴミのバイオリサイクルについて微生物学および酵素学の立場から検討した。近年注目されている高速コンポスト化では、主として好熱細菌の作用により、一日という短期間で生ゴミがコンポストに変換されるが、多くの場合悪臭が発生しやすく、装置の維持管理が煩雑であるなどの欠点を持っており、普及していないのが現状である。これに対して、中山助教授らは長期間にわたってpHが3.5〜5.0付近に維持され、連続運転が可能な「酸性コンポスト化」を開発し、悪臭の出ないコンポスト化を可能にした。またコンポスト化の際の難分解性物質としてコラーゲンなどの繊維状タンパク質があるが、この処理対策として新規の酸性耐熱性コラゲナーゼを探索し、目的酵素を生産するBacillus属細菌を見出した。このコラゲナーゼは至適pHが4付近にあり、60℃までの耐熱性を持ち、EDTAなどのキレート剤でも阻害を受けないなど既知の酵素とは大変異なっており、酸性コンポスト化に最適であることが示された。これとは別に,寒冷地でのコンポスト化でも十分な触媒活性を有する酵素を創出するタンパク質工学的試みが紹介された。モデルとして用いた耐熱性α-グルコシダーゼから、単一のアミノ酸置換により耐熱性を損なうことなく低温でも活性を持つ変異酵素を取得できることが示された。このようなアプローチの環境問題への応用が、今後ますます期待されるところである。
東北大 中山亨助教授
4.「In situ環境修復に有効な嫌気的環境下での芳香族化合物の微生物分解」
加藤暢夫教授(京大院農)
外部から人為的に分解能力の高い菌株を投入しても、その菌株が環境中に定着して効果を上げることは難しい。そこで生育環境を考慮した分解菌の開発が重要になる。一般に環境汚染は地下や地下水など、自然環境中では嫌気的な条件で起こる。しかしこのような環境でも空気の混入は常にあり、絶対嫌気性菌よりも通性嫌気性菌を用いる方が実用性が高い。脱窒性細菌は,酸素呼吸と硝酸呼吸とを行うことができるため、さまざまな酸素分圧の環境に対応できる。加藤教授らはこのことに着目して、硝酸呼吸条件下で芳香族化合物を分解する微生物をスクリーニングし、トルエンを嫌気・好気的に分解するThauera属菌株と、フェノールを脱窒条件で分解するAzoarcus tolulyticus およびProteobacteriaのα-subclassに属する新規ならせん状細菌を単離した。さらにこのらせん菌が16SrDNAの解析からMagnetospirillum属細菌に近縁な新しいクラスターを形成する菌群であることを明らかにした。また生態系の物質循環に必須な役割を持つC1化合物固定経路が嫌気性archaeaにも存在することを遺伝子のレベルで確認され、進化上の興味だけでなく、この反応が物質循環の観点からも意義があることを示した。
京大 加藤暢夫教授
最後に中島佑教授(東北大院農)から、今回の講演会が有意義であったことに対し謝辞が述べられ、閉会となった。
バイオ&食品工業公開セミナー開催報告
去る平成12年2月23日(水)札幌商工会議所「バイオ&食品工業研究会」と北海道バイオ産業振興協会(HOBIA)との共催で本セミナーが開催されました。以下2名の演者の講演概要等を記載します。
1.「水の構造化による農産物の鮮度保持」
東京大学大学院農学生命科学研究科助教授 大下 誠一 氏
農産物鮮度の低下をもたらす主な原因は、呼吸をはじめとする細胞内代謝に伴う細胞の老朽化および微生物の汚染による腐敗損失に分けられる。これに加えて、過度の蒸散による水分の減少も品質低下をもたらす要因である。代謝抑制の基本は低温環境にあるが、凍結温度より高い温度域に限られるという制限が伴う。温度の低下を伴わずに低温環境が示すような効果を得ることができれば、低温と組合わせて鮮度保持効果を顕著にできる可能性も考えられる。そこで、低温に類似した効果が期待される無極性ガスであるキセノンガスによる水の構造化による方法で農産物の貯蔵を可能にした。キセノンガス分子の溶解により生じる水の構造化とそれに伴う水の粘度の増大が代謝抑制に効果を示し、結果として農産物の鮮度保持効果を高めていると考えられる。
2.「辛味研究の最近の進歩」
京都大学名誉教授・日本香辛料研究会会長
神戸女子大学教授 岩井 和夫 氏
辛味を持つ食材の代表がトウガラシで、その辛味成分カプサイシンの化学構造が1923年に決定されて以来、構造と味との関係や生体調節機能との関係が次第に解明されて来た。カプサイシンは、3−メトキシ−4−ヒドロキシベンジルアミンと炭素10個からなる有機酸とから縮合したアミド化合物で、辛味発現には、4位のヒドロキシル基とアミド結合が重要である。しかし化学構造的に類似したエステル結合になると辛味がなくなり発汗作用のみが残る。さらに体脂肪を燃焼させる脂質代謝改善効果があるためダイエット効果が高い。一方、他の辛味香辛食材として知られるものにニンニクがある。主成分の含硫化合物には、生活習慣病予防効果が高く、血小板凝集阻害作用、発がん予防などが知られているが、さらに、脂質代謝改善効果も高いことを解明した。
なお、岩井先生は去る3月31日に神戸女子大学を定年退職されましたが、日本香辛料研究会その他で活躍されます。
神戸女子大 岩井 和夫教授
バイオセミナー 「腸内乳酸菌の機能を探る」
(プロビオティックスの解析と食品産業利用)開催報告
平成12年2月4日 全日空ホテル
去る2月4日、HOBIAならびに北海道地域技術振興センター(HOKTAC)、北海道大学大学院農学研究科応用菌学/微生物資源生態学両研究室の主催による標記セミナーが全日空ホテルにて110人を超える参加者の下で、開催されました。
人体に好影響を与えるとして注目されている乳酸菌の研究について3件の講演が行われ、その後は懇親会も開催されました。
高尾彰一HOBIA会長からの挨拶に続き、オタゴ大学教授Tannock氏、北海道大学助教授横田篤氏、ヤクルト中央研究所主任研究員の保井久子氏の順に講演をいただき、参加者からも質問が相次いで活発な論議が展開されましたので、以下に報告します。
1. 腸管マイクロフローラの研究:プロビオティックおよびプレビオティックの理解のために
オタゴ大学微生物学部 Gerald William Tannock 氏
ヒトを含む動物の胃腸管には胃腸内マイクロフローラと呼ばれる複雑な微生物集団が存在し、ヒトの場合は末端の回腸と大腸にマイクロフローラが存在します。その構成員Lactobacillus属菌株は糞便サンプルから容易に検出され、これら乳酸を生産する細菌=乳酸菌を摂食することが健康に有益であると一般的に信じられていることから様々な研究が行われています。
人体に好影響を及ぼすような食品成分としての生きた乳酸菌は、プロビオティックと称されます。また最近では、ヒトの小腸で消化されないオリゴ糖や多糖類などを摂食して、大腸内に存在しているLactobacillus属やBifidobacterium属など有用菌を選択的に増殖させる研究も行われており、そうした難消化性糖質をプレビオティックと呼びます。即ちプロビオティックの場合は胃腸管に細菌を送り込む=Donating bacteria、プレビオティックの場合は既存の細菌を活性化する=Boosting bacteriaとなり、それぞれの手法の効果は必然的に異なってくるでしょう。
オタゴ大学微生物学部 Gerald William Tannock 氏
近年、16S rDNAを利用した分子生物学的手法によりLactobacillus属菌株の株レベルでの識別が可能となり、各種菌株について宿主ヒトへの定住性という面で検討できるようになりました。またTannock氏はLactobacillus属細菌を腸管内に保持しないマウス群と新たに接種したマウスを用いて、Lactobacillus属による宿主の生化学マーカーや免疫系に対する影響を調べました。こうして得られた知見がプロビオティックあるいはプレビオティックの理解と発展に繋がると言え、更なる発展が期待されるところです。
2. 腸内乳酸菌の新機能:乳酸桿菌による胆汁酸の蓄積とプロビオティック機構
北海道大学大学院 助教授 農学研究科応用生命科学専攻 横田 篤 氏
腸管内に存在するコレステロール類の一種である胆汁酸は細菌や腸管細胞にとって毒性が強く、腸内フローラにも重大な影響を及ぼしていると考えられます。横田氏はLactobacillus属乳酸桿菌に対する胆汁酸及び胆汁酸塩の影響を解析しました。
ヒト腸管内の代表的胆汁酸としてコール酸を用い、様々な分離起源からのLactobacillus属菌株についてそのコール酸感受性や輸送能を調べました。その結果、腸管由来の菌株は乳製品由来のものより概してコール酸耐性が強いものの、コール酸輸送が確認された全ての菌株は分離起源とは無関係にグルコースによりエネルギーを与えることで細胞内にコール酸を取り込むことが見出されました。更にこの輸送の駆動力は、細胞膜内外のpH差(ΔpH)であることが推察されました。また強いコール酸耐性を有する菌株(Lb. salivarius subsp. salicinius JCM1044)の生育は、腸管内の代表的胆汁酸塩であるタウロコール酸では阻害されず、エネルギーを与えても細胞内に取り込まないことが確認されました。これはpH7.0の測定条件では殆どの分子が解離状態で存在し、分子の極性が高いためと考えられます。
北海道大学 横田 篤 氏
Lactobacillus属がコール酸を蓄積することはこれまでに報告されていない新機能で、毒性の強いコール酸を蓄積する生理的意義も不明であります。しかしこの機能が宿主ヒトの生理に影響を与えるほどのものであれば、この性質がLactobacillus属乳酸菌の持つプロビオティック機能の作用メカニズムにおける重要因子になると考えられます。
3. 乳酸菌の免疫調節作用
株式会社ヤクルト本社中央研究所 保井 久子 氏
近年、発酵乳及び乳酸菌の免疫増強作用や感染防御作用、抗腫瘍あるいは抗アレルギー作用が明らかにされつつあります。保井氏は液性免疫を増強してウイルス感染を防御するBifidobacterium breve YIT4064と、細胞性免疫を増強して抗腫瘍作用及び免疫グロブリンE(IgE)産生抑制作用を示すLactobacillus casei strain Shirota(LcS)という2種の乳酸菌について究明しました。
(株)ヤクルト本社中央研究所 保井 久子 氏
腸管を含む各粘膜組織中に存在する免疫グロブリンA(IgA)は異物や病原微生物の侵入を防ぐので、腸管免疫組織の一つであるパイエル板細胞中のIgA産生を増強する菌株をスクリーニングしてYIT4064株を得ました。
IgAは乳幼児に多発するロタウイルス下痢症の感染防御に関与するので、同菌株の経口投与の効果をロタウイルス感染モデルマウスを用いて調べました。その結果、乳中の抗ロタウイルスIgA価は菌株投与群で有意に増加し、更にこれらの子マウスにロタウイルスを感染させたところ、投与群の乳を飲んだ子マウスの下痢発生が有意に減少しました。こうした感染防御作用については、乳幼児においても確認されています。また、インフルエンザ感染防御に関与する血中免疫IgGについても同様に検討したところ、やはりYIT4064株が血中の抗インフルエンザIgG産生を増強して感染を防御することが明らかとなりました。
LcSについては、やはりマウスを用いて菌株投与群と非投与群に分け、Colon26細胞を移植後取り除いた上で再度移植しました。その後腫瘍の大きさを測定した結果、菌株投与群の腫瘍の大きさは非投与群に比べ有意に減少しました。また脾細胞のコンカナバリンA(T細胞などを誘導する)に対する増殖性が投与群で増加したため、LcSの経口投与が細胞性免疫を増強して抗腫瘍作用を示すことが明らかとなりました。更に食品など各種環境因子によるI型アレルギー反応に関与するIgEについて、卵白アルブミン(OVA)により免疫されたマウスの脾細胞をOVAと共培養すると抗OVA・IgEが産生されますが、LcSを添加培養するとIgE産生が抑制されることが判明しました。この傾向はin vivoの実験でも確認されています。
このように液性または細胞性免疫を増強してウイルス感染防御や抗腫瘍作用などを有する菌株は、今後もプロビオティックとしての活用が大いに期待できると言えるでしょう。
著者自身、乳酸菌のプロビオティック機能を探る目的でLactobacillus属やBifidobacterium属を用いて研究を行っていることもあり、今回の講演は3題とも大変参考となり今後の糧となるものでした。ここに改めてご講演いただきましたTannock氏、横田氏、保井氏に厚く御礼申し上げると同時に、このような良き討論の場を設けていただいた世話人の北海道大学副学長・冨田房男教授に深く感謝する次第であります。
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