HOBIA(北海道バイオ産業振興協会)



HOBIA例会・セミナーの記録
これまでのHOBIAの例会やセミナーの記録です。HOBIAの活動状況が見えてきます。


 HOBIA第87回例会
 9月1日(水)ホテル ガーデンパレス

T.「血圧を下げる乳飲料の開発」 −特定保健用食品アミールSの効果と開発経緯−
カルピス(株)基盤研究所所長 日本乳酸菌学会幹事 高野 俊明 氏

1.発酵乳について
 本日は、特定保健用食品アミールSの血圧低下効果に辿り着くまでの経過についてご紹介させていただきます。カルピス酸乳アミールSと名前がついておりますが、もともとは発酵乳であります。発酵乳は世界中で飲まれていますが、特にユーラシアの中央部から地中海・ヨーロッパ・アフリカ大陸にかけて様々な種類の発酵乳が飲まれています。
 それでは発酵乳について考えてみます。日本は主に植物を食し活用した生活文化でありますが、牧畜文化圏では、乳・肉を食べて、皮革を利用した動物に頼った生活が中心となっています。彼らが牧畜している動物は、基本的に人間とかち合わない草を食べており、これからの食料難の時代を考えると牧畜は新しい可能性があると考えています。ほ乳類の乳は元々は動物が子供を養うためのものであり、人間のためにあるものではありません。
 牧畜文化は数千年前に人間が発明した技術でありますが、乳を人間が横取りする技術でもあるといわれています。ほ乳類の乳は非常に栄養価に富み、微生物にも大変魅力的な食べ物となり絞りますと直ぐに腐ります。そこで乳が微生物に活用される前に、人間が横取りする技術が発酵乳の加工技術であります。この様に、発酵乳は農産物が豊かではない地域で、人間が動物の乳を上手く利用したもので、生きていくための知恵でもありました。

2.発酵乳の健康効果について
 発酵乳は、昔から多くの書物などで身体によいものだと言われてきました。20世紀初めにメチュニコフというロシア出身の学者は、ブルガリアで長寿者が多いことに興味をもちました。そして彼は、ブルガリアではヨーグルトを多く食べており、その乳酸菌が腸内の腐敗を防ぎ老化を抑え長寿になるという不老長寿仮説を提唱しました。それ以来、ヨーグルトは健康的な食品として世界中に広まり、ヨーグルトが発酵乳の代表になっています。
しかし、もともとヨーグルトは、ブルガリアなど東欧地方における一地方の発酵乳の名前に過ぎないのですが、その名前も効用と共に世界中に広まりました。ヨーグルトを中心とした発酵乳の健康への効用は、世界で研究がなされておりここでは簡単に紹介いたします。
 牛乳は蛋白質やカルシウムを豊富に含む、優れた食品であります。しかし、黄色人種では成人になると乳糖分解酵素の活性が低下し、乳糖が分解できなくなる乳糖不耐症になり、牛乳を摂取する上での制限因子になってなっています。ところが、発酵乳になりますと乳糖不耐症が無くなるというのが、効果の一つであります。乳糖不耐症は、乳糖が小腸で分解吸収されず、大腸に到達するとお腹がゴロゴロする症状です。ヨーグルトの場合、発酵段階で乳糖の20%が乳酸へ分解され、また食べた乳酸菌の酵素が小腸内で働き分解し大腸に到達する乳糖量が減少し症状が緩和されます。従って、普通ではお腹がゴロゴロして飲みにくい牛乳が発酵乳では飲みやすくなるということが、発酵乳の効果であります。
 健康的な効果として、広い意味での整腸作用があります。下痢や便秘がちな人に発酵乳を飲ませるとそれらの症状が改善され、お腹の調子が良くなることが経験的に知られております。近年、特定保健用食品とされた多くの発酵乳は、「お腹の調子を整えます」といううたい文句で認可されております。これらのメカニズム・作用機序は分子レベルではまだまだ解らないことが多くあります。おそらく乳酸菌の何かの因子、例えば抗菌性物質や有機酸の生成、細胞表面物質の影響などにより腸内フローラが改善され、いわゆる善玉菌が増殖し、腸の調子や便性の改善が発揮されます。
 それから発酵乳の作用の中に、コレステロールの低減効果がよく言われております。牧畜文化圏でもあるアフリカのマサイ族は、多量に発酵乳を飲みますが、併せて乳脂肪の摂取も多くなります。しかし、彼らの血中コレステロール値が非常に低く、その事が着目され研究が始まりました。研究が進むにつれ、発酵乳にして飲むことによりコレステロール値が上昇しないということが解りました。この件については30年程前から研究されていますが、その効果の有無・原因については諸説あり、まだハッキリとした事は解りません。コレステロールの低減は将来に向って可能性を有した効果であります。
 それから抗腫瘍効果があります。乳酸菌や発酵代謝産物が腸内フローラを改善することによる、発ガン促進物質の抑制、変異原物質の吸着除去、免疫力の向上などの抗腫瘍効果が検討されています。

3.カルピス酸乳アミールSの開発
この様に発酵乳には色々な効果があることが知られております。当社でも30年程前に、カルピスという発酵乳が、飲まれる方々に与える有益・有害な効果について研究し始めました。カルピスは、脱脂乳を殺菌しスターターを添加し発酵させて酸乳を作り、さらに砂糖、香料などを添加・加工して清涼飲料となります。私達は、この工程の中間体である酸乳を使って健康効果について研究しました。
 私達はメチュニコフの不老長寿仮説に着目し、マウスにカルピス酸乳を終生投与した実験を行いました。酸乳群(1群90匹)は、対照群に比較して8%の寿命が延長することが判りました。マウスの死因を解析したところ、人間と変わらず循環器の病気、ガン、感染症が主な原因で、また酸乳群と対照群でもその構成比は変わりませんでした。そこで私達は、寿命延長の理由として酸乳群では何らかのリスク低減作用が図られていると考えました。私達は、免疫力の増強など幾つかのリスク低減作用について把握しておりますが、ここでは血圧に着目し成果を得た点についてお話致します。
 酸乳を自然発症高血圧ラット(SHR)に幼若期より与えたところ、対照群と比較し血圧上昇が抑制され、酸乳濃度が高いほど効果あることがわかりました。また、酸乳を高血圧状態に達したSHRラットに単回経口投与したところ、数時間後には血圧低下が認められました。このことから、酸乳には高血圧の予防・改善効果が期待できると推測されました。
 現在、医薬品だけではなく、食品中でも血圧をコントロールする物質の研究、特にアンジオテンシン交換酵素(ACE)の阻害ペプチドに関する研究が、わが国を中心として盛んに行われています。そこで、カルピス酸乳の発酵中のACE阻害活性の変化を測定したところ、発酵の後期にACE阻害活性が高まることがわかりました。発酵乳中に出現したACE阻害活性物質を単離し同定した結果、2種類のトリペプチド(ラクトトリペプチド:VPP、IPP)であることが判明しました。ラクトトリペプチドの効果を調べるため、実際にSHRラットに投与したところ、血圧の低下作用が認められました。ペプチドの効果と投与量の関係は、用量依存的な効果を示すことも確認できました。
 血圧は体内では精密にコントロールされており、過度の低下は意識喪失などの重大な健康障害をもたらします。しかしながら、これらのペプチドを正常血圧のラットに多量に投与しても、血圧に変化が無く影響がないことが判りました。
 これより、この有効物質の生成過程について若干の考察をいたします。


カルピス(株)基盤研究所所長 高野 俊明 氏

まず、私達は色々な乳酸菌にて発酵乳を作り、ラットに投与し血圧の変化を確認しました。その結果、カルピス酸乳生成の優性菌種である、Lactobacillus helveticusの発酵乳に特異的に血圧低下作用が認められました。 ラクトトリペプチドの配列が乳蛋白カゼイン中にも見られることから、プロテアーゼなどの乳酸菌酵素系の働きで乳蛋白から分解生成したと考えられました。
 体内組織での効果確認のため、酸乳を長期投与したSHRラットの各組織のACE活性を調べました。その結果、酸乳群の腹部大動脈のACE活性が低下していることがわかりました。また、腹部大動脈でラクトトリペプチドが検出されたことから、ペプチドは消化酵素で分解されず腸管より吸収され体内で機能していることがわかりました。
 ここまでの事をまとめますと、発酵中に牛乳中のカゼインが乳酸菌のプロテアーゼに分解されて、その中の一部がラクトトリペプチドになります。それを食べますと、消化管では分解されずに、吸収されて血圧に関係する臓器にまで運ばれACE活性を阻害し、結果的に血圧を低下させると推測しました。
今までは、ネズミを用いた話でありましたが、最終的な目的であります人に対し、二重盲検法にて臨床試験を行い効果の確認を行いました。高血圧患者を2群にわけ、毎日95mlの酸乳(ラクトトリペプチドにして3.4mgを含む)、あるいは擬似酸乳を8週間飲用してもらいました。その結果、酸乳群の収縮期血圧、拡張期血圧に飲用前と比べ有意な血圧低下が認められました。この他に、正常血圧者への影響や最終的に商品の形にした幾つかの臨床試験を行い、特定保健用食品の申請を行いました。
 これがカルピス酸乳アミールSです。2年前に特定保健用食品の許可を頂きました。
 私達は、最初に寿命というトータルの効果からはじめて、こうした有効成分に幸運にも辿り着きました。今後は、このような高血圧を抑えるといったことで、世の中の方々のお役に立てれば良いと考えております。

U.「微生物由来の酵素を使った有用物質の生産」
       バイオインダストリー協会会長                            
   富山県バイオテクノロジーセンター所長 京都大学名誉教授 山田 秀明 氏

1.はじめに
 グリーンケミストリーが最近の話題です。産業と環境との関わりが21世紀は非常に重要となります。今までのような事後処理から事前処理へ発想を切り替えなければなりません。米国ではグリーンケミストリー戦略をクリントン大統領が旗揚げし、賞を与えて奨励しています。その戦略とは、
1)代替え合成経路の利用。
2)代替えの反応条件の使用。
3)低毒性で安全な化学品の利用。
の3つの柱からなっております。これは発酵そのものという気がいたします。残念ながら、日本では正確に評価する人がいないのが現状です。環境アセスメントにおける評価基準がスタンフォード大学リサーチラボラトリーで作成され企業に利用されております。バイオテクノジーとは生物及び生物機能を利用する物質生産技術であり、本日は微生物利用についてお話しいたします。

2.アメリカのグリーンケミストリー
 アメリカのグリーンケミストリーの話題は、生分解性のポリマーです。一つはシュークロースとダイカルボン酸のエステル結合のポリマーで、エステラーゼで切りますとシュークロースとジカルボン酸ができてきます。地球環境にやさしくしかも再生可能なポリマーなのです。また、プロピレングリコールのポリマーも脚光を浴びています。これらは、全部発酵技術を使っているのです。日本の発酵及び酵素を使うアミノ酸およびジカルボン酸の発酵技術は世界のトップクラスにあり、世界のフロントランナーとしては地味であるけれども確かな実績があります。しかし、これまで環境を視野に入れた工業を国家的な戦略として取り上げることはしませんでした。そこで、バイオインダストリー協会として早急にやらなくてはいけないと考えております。

3.ニコチンアミド
 ニコチンアミドは日本で工業化できずに、スイスの化学会社が中国で年間3千トン生産しています。学会誌に掲載して、すべて明らかにしますので、ゾロというのかどこでもやられるようになってきているのが欠点です。この研究ではスクリーニングが重要でありました。人間が世界の一部であり、動物の一部であることを認識すると自然が見えてきます。
スクリーニングも自然の一部になって行うことが重要なのです。ややもすると最近の技術は、世界を制覇するという意識で仕事をしてきた気がします。酵素反応は、副産物がでないので、私は早くから酵素に着目して、新しい機能を持った酵素を見つけて活用してまいりました。化学反応では1トン生産物をとろうとしたら、中和により同じ量の塩が出てくるのが普通です。


バイオインダストリー協会会長  山田 秀明 氏

4.Dアミノ酸
 シンガポールにある鐘淵化学のDアミノ酸(抗生物質アモクシチリンの側鎖)製造工場は、その抗生物質が売れなくなったら終わりだと思ったのですが、その抗生物質は未だに増え続けています。ヒダントインを与えますとすべてD型のアミノ酸が作られるのを利用しています。スクリーニングを行い有用な菌を見つけだした後に、遺伝子組換え法で安定性を高め反応をすべて80℃で行っています。原料は化学物質ですが、それ以後は発酵を使うとグリーンバイオであり、この点がこれからは非常に重要になります。

5.ドーパー
 パーキンソン氏病は薬としてドーパーを与えるというのがその治療法です。DL体は効かないので、日本の発酵の技術陣はL-ドーパを何とかして作ろうとしたがなかなかうまくいきませんでした。化学的に作ると全体としては非常に複雑な系になるのです。私は、京大で1957年くらいに見つかった酵素でβーチロシナーゼが触媒すると予想し、味の素との共同研究で25年かかってやっと成功しました。ドーパーは水に溶けないので、反応が進むと結晶が落ちてくるのですが、バイプロはとけるので簡単に分けることができます。現在では、250トンから300トンを年間に作っています。また、京大の熊谷教授がβーチロシナーゼの立体構造を解明しました。

6.アクリルアミド
 故有馬東大教授が陣頭指揮で文部省の大型プロジェクトを立ち上げ微生物による環境浄化をかかげました。我々は微生物がニトリルをどう分解するかを検討しました。デュポンの農薬原料アジポニトリルをニトリルヒドラターゼで分解しました。次に、この水和する酵素を物質生産に使ってアクリルアミドを作ることにしました。スクリーニングで見つけましたRhodococcus rhodochrousが作る酵素で、ニトリルヒドラターゼとニトリラーゼという2種類のヒドラターゼが重要です。この菌を培養して酵素を取り出し、アクリルアミドが年間1万5千トン作られています。ここでは化学工学的な連続的なリアクターデザインが非常に重要になってきています。それに加え環境アセスメントができる人が非常に重要です。この酵素は東大の別府先生が作られたRhodococcusのホストベクター系に導入したのですが、残念ながら酵素の生産量は増えませんでした。こういうときには、人間がもう一度自然に帰りスクリーニングする事が重要だと考えています。省エネルギー及びCO2排出量からみたアクリルアミド製造法の製造コストを比較すると化学合成法よりも酵素合成法の方が優れています。

7.おわりに
 東京工業大学の川上先生がかかれた本に、以下の文章があります。
 私の夢、それは私が受けたものを社会に返すこと。社会のために何か残すことをすること。私という人間が長い歴史の一瞬間生きた意味があるように。
 非常に感激する印象深い文章でした。学問は、学問を目指してするものではなくて、学問は後から体系づけられるものです。酵素はまさにグリーンバイオそのものであると考えています。若い方が、この方面で活躍されることを望んでいます。そうすると日本独特の研究体型が出来上がってくるのです。グリーンバイオの発想を生かした化学反応のハイブリッドプロセスがこれから非常に重要なプロセスになるでしょう。